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移築建造物

建造物としては、県内中井町(中井町史跡文化財)の民家に二の丸にあった幸田門と伝わる門が現存しているが、当時の部材が少しだけしか使われていないようであり、大きさの面でも違いがあることから確定には至っていない。また、市内の民家にも城門が移築現存しているが、改造が著しくこちらも移築城門と確定に至っていない。

中世小田原城の遺構としては、お鐘の台曲輪付近に空堀および土塁が、早川口付近に二重土塁が、幸田口および蓮上院付近に土塁がそれぞれ現存する。
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1938年(昭和13年)8月8日、「小田原城跡」として国の史跡に指定された。1959年(昭和34年)5月29日一部地域を追加指定したが、1974年(昭和49年)と1975年(昭和50年)の両年度にわたって小田原市保存管理計画策定事業を行った結果、主として外郭部の未指定地において良好な遺構の遺存が確かめられたため、そのうち、後北条氏時代のものと思われる北東側の空堀と、江戸時代の絵図などで知られる「早川口」関連遺構と考えられる二重の土塁について1976年(昭和51年)12月、さらに当該部分の追加指定がなされた。

史跡指定範囲は、小田原市城内・本町・栄町・浜町・城山・十字・谷津・南町におよんでいる。

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2009年11月13日 13:36に投稿されたエントリーのページです。

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